個人事業主が後継者にスムーズに相続させるにはどうすればいいのか!
会社組織にはしていない個人商店や町工場、農業などの個人事業主の相続にはどんな点に注意すればよいのでしょうか?
個人事業主に後継者がいる場合には、個人事業主は後継者が事業を円滑に引き継げるように、事業承継に必要な財産すべてを後継者に相続させたいと考えるのは当然の事です。
そのためには、どのような準備が必要なのか、次のようなモデルケースで考えてみます。
(モデルケース)
個人商店の事業主の相続
推定相続人 妻・長男(後継者)・次男・長女
主な相続財産 自宅兼店舗・倉庫・預貯金(事業継続資金)・借入金(事業用の借金)
長男は両親と同居、次男と長女はそれぞれ結婚して独立している。
上記のようなケースでは、個人事業主(父)は後継者である長男がほとんどの財産を相続するのは当然の事で他の兄弟も異議を唱えることはないだろうと考える傾向にあります。
また、長男も父と同様に自分が相続するのが当たり前だと思っていることが少なくありません。
遺言書だけで相続トラブルは防げるか!
上記のケースで、父親が「全財産を長男に相続させる」旨の遺言を残しておれば、相続トラブルは防止できるでしょうか?
父の個人事業における長男の貢献度を次男や長女が良く理解しているならば、さしてトラブルを生じない場合もあります。
しかし、兄弟が納得していても兄弟の配偶者が納得していないことによりトラブルを生じるケースが実際にはよく起こっています。
「長男に独り占めさせないで、もらえる権利は主張して相続分を受け取るべきだ。」との配偶者の意見を聞いて、兄弟が相続分を要求してくるのも珍しいことではありません。
兄弟の配偶者は相続人ではありませんので、本来は分割協議に参加することはできませんが、間接的に分割協議に関与してくるのを排除する事は、実際の相続の場面では困難です。
遺留分減殺請求をされると事業継続が困難に!
いくら遺言で「全財産を長男に相続させる」となっていても兄弟には遺留分があるので、兄弟が遺留分減殺請求をすれば、本来の相続分の2分の1を受け取ることができます。(話が煩雑になるのを防ぐために長男の寄与分はここでは考慮しません。)
上記のケースでは、自宅兼店舗や倉庫は事業継続に不可欠ですので、兄弟の相続分に充てる資金を何らかの方法で用意することが必要となります。
しかし、用意できなければ倉庫や自宅兼店舗といった事業継続に不可欠な不動産を売却することにもなりかねず、事業継続に困難をきたすことも考えられます。
相続トラブルを防止してスムーズに事業を承継させるための方法とは!
遺言を作成する際には、後継者以外の推定相続人に配慮を!
上記のようなケースでは、個人事業主が遺言を作成しておくことは、トラブル防止には不可欠です。
遺言作成の際には、長男に事業継続に必要な財産を相続させることだけでなく、他の兄弟にも十分配慮することが必要です。
事業継続に必要ではない範囲の預貯金や不動産は、他の兄弟に相続させることが望ましいですし、他の兄弟を受取人とする生命保険に入っておれば遺言内容を受け入れやすい環境を整えることができます。
生前贈与・遺留分の放棄・公正証書遺言を活用して万全の相続対策を!
個人事業主が元気で主導権を後継者に渡していない状況であれば、以下のような事前対策を行って、相続トラブルが発生する可能性を極力少なくすることも可能です。
- 推定相続人である子供たちと相続についての話し合いの場を持ち、個人事業主である父親から後継者である長男に事業資産はすべて相続させたい旨を説明する。長男以外の兄弟には現金や不動産を生前贈与することを提案する。
- 贈与するものがなければ生命保険金の受取人にすることを提案する。(現金や不動産を生前贈与する場合には「相続時精算課税制度」を活用して贈与税の負担を軽減する。)
- 長男以外の兄弟に生前贈与もしくは生命保険金の受取人にする条件として、「遺留分の放棄」を家庭裁判所ですることを納得してもらう。「遺留分の放棄」は、相続が発生した際に遺留分の権利を主張しないという手続きであり、これにより遺言内容を確実に実現することができます。
- 長男以外の兄弟が家庭裁判所で「遺留分の放棄」の手続きをするのと同時に生前贈与や保険契約を実行する。
- 公証役場で「長男に全財産を相続させる」旨の公正証書遺言を作成する。司法書士や行政書士などの専門家を遺言執行人に指定しておくと相続発生後の手続きがスムーズに進む。
- 相続発生後は、遺言書の内容に従って長男に各種財産の名義変更をする。事業に関連する借金があれば、金融機関と長男が単独で引継ぐことを交渉する。交渉がまとまらなければ長男以外の相続人は「相続放棄」する。
上記のような対策を講じておれば相続トラブルを高い確率で防止できます。但し、後継者以外の相続人に「遺留分の放棄」をしてもらうには、生命保険金の受取人にすることでは不十分で、実際には現金や不動産を生前贈与することが必要となります。